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なんとまあ、月日のたつのはやいもの。
この間まで寒さに打ち震えておりましたのに、もう3月半ば。
暑さ寒さも彼岸までといいますが、今週末はお彼岸ですよ。
時間が全ての人に平等なのに、それをどうのように使うかでまったく人生が変わってくるのですね。
いえね、先日もちょっと面白い方におめにかかったのです。
運転手つきの大型のベントレーに乗っている、そう年のころは50代後半か60代ってところでしょうか。
車をみても、着ているものをみても(決して派手じゃないのですが、品質がいいって感じです)
お金持ちなんだなあ、ということがわかります。
でも、ぎらぎらしたところがなく、ほっそりしているのでやり手のビジネスマンという感じではありません。
若い時にドイツで日本食レストランのマネージャーをなさっていたのだそうです。
当時は東ドイツと西ドイツがしっかりと争っていた時代です。
いまでこそ、どこにいっても日本食レストランはあるのですが、当時は珍しい。
でも日本のビジネスマンは、ドイツにも営業にまわっていたので日本食レストランの需要はあります。
マネージャーとしてドイツに赴任しても、レストランを上手に切りもりしていただけではなかったのですね。
この方は。
当時食材は日本から輸入していました。
ぼちぼち他の街でも日本食レストランができ始めていて、それぞれの店は少量ずつ輸入していたので
割高の食材をつかっていたわけです。
そこに目をつけたこの方。日本から食材を輸入する会社を作り、自分の働いているレストランにおろしました。
まあ、自力でトンネル会社をつくったわけです。
せっかく輸入しているからと、他の日本食レストランにも食材を下します。
日本の食材は健康にいいということで、ドイツの人にも人気がでます。
輸入会社がなんと現地にスーパーマーケットを始めるのです。
これが大きくなって5店舗にまで拡大します。
そんなとき、もともと勤務していた会社がレストランを閉鎖するので日本に帰国しろといわれ、
彼はスーパーマーケットと輸入会社の権利を売って帰国、これがかなりのお金になったようなのです。
ドイツにいた期間はわずか13年。
最初の何年かは、レストランの立ち上げで忙しかったわけで、実質数年。
同じ境遇で、海外でレストランのマネージェーをやった人も数多くいたと思うのですが、
食材が手に入りにくい→輸入しなければならない→それなら自分で輸入会社をつくろう
とおもっただけでなく、実行したってのがすごいですね。
10年ひと昔っていいますが、10年あればかなりのことができるってことで
お金を手にする人は、片時も時間を無駄にしないのですね。
惰眠をむざぼる私は、今ここにいるのは納得ですね。 はあ・・・・・。