NHKラジオを聴いていたら、「あなたが日ごろやっている小さな贅沢を教えてください」
アナウンサーが呼びかけていました。
毎日季節の花を飾っていますとか、時間のあるかぎり各駅停車の旅をしています!
というような、あなたのなさっている小さな贅沢を教えてください、とのこと。
はて、と考え込んでしまった私。
子供のころは、あまり余裕もなく、物資もとぼしかったので、
ほしいものがあったし、楽しみしているものもあったので、それが達成されたときは
本当にうれしく、ああ贅沢をしたという実感がありました。
私にとっては、家族の誕生日だけに食べることができる コロンバンの「アップルパイ」
家族3人だったので、1年に3回だけ食べることができるケーキ!
これが楽しみで、楽しみで。食べたときには、本当に幸せを感じたものです。
だから今でもアップルパイにはちょっと思い入れがあるのです。
ところが、最近は年がら年じゅうケーキを食べることができます。
先日も、銀座の某菓子店でケーキを買って帰ったのですが、
1つ650円!!もするケーキなのに、全然おいしくない。
感激もなく、なんだこれは!とすっかり機嫌が悪くなった私。
美味しくないわけじゃないんですよ。小さなケーキ650円もするのですから
上等なバターと粉とナッツなど使っているのでしょう。
でも、思ったものと違ってケーキの風味もなく、私このみの下地でもなく
「なんだ!」って思ってしまったのです。
でも、もし子供時代に、これを食べたら本当に感激したとおもうのです。
渋谷のお菓子屋さんのではなく、銀座の老舗のケーキというだけで特別だし
一つ650円もする高級品。
その気分だけでも、十分に幸せで美味しさが倍増したことでしょう。
別にものすごくお金もちになったわけではないのですが、日本中にとりあえずモノがいきわたったので
ないという状況がなくなっています。
こんな中では、小さな贅沢ってのを実感するのは相当難しいなって感じがしているのです。
とりあえず揃っていることの不幸ってありますね。充足するということは幸せ感が失せるということなのでしょうか。
それがちょっとさびしいような。
私の贅沢は、